「見れば分かる」が通用しなくなった時代に
かつての詐欺には、どこか「ほころび」がありました。不自然な日本語のメール、粗雑な偽サイト、声の様子がおかしい電話。私たちは長い間、そうした違和感を手がかりに危険を察知してきました。
しかし、生成AIの普及によって状況は変わりつつあります。自然な日本語の文章、本人そっくりの声、実在の人物が話しているように見える動画。これらが、専門知識のない人でも作れる時代になりました。つまり「よく見れば偽物だと分かる」という前提そのものが、崩れ始めているのです。
こう聞くと不安になるかもしれませんが、必要以上に恐れることはありません。技術が変わっても、詐欺の基本構造は昔から変わっていないからです。相手を焦らせ、考える時間を奪い、お金や情報を動かさせる。この構造を知り、対応の「手順」をあらかじめ決めておけば、AI時代の詐欺にも十分に備えることができます。
本記事では、AIが使われる詐欺の一般的な類型を整理したうえで、「見抜く技術」ではなく「手順で守る」という考え方をご紹介します。ご自身のためだけでなく、離れて暮らすご家族と話し合うきっかけにしていただければ幸いです。
AIが使われる詐欺の主な類型
まず、報道などで一般的に知られている手口の類型を整理します。ここでは特定の事件を指すものではなく、あくまで典型的なパターンとしてご理解ください。
1. 音声クローンによるなりすまし電話
短い音声データからでも、本人に似た声を合成できる技術が存在します。これが悪用されると、「家族の声」で電話がかかってくる、いわば従来のなりすまし電話の高度版が成立します。「事故を起こした」「すぐにお金が必要だ」といった緊急性を装う内容と組み合わされるのが典型です。声が似ているというだけで信じてしまうのは、もはや安全とは言えません。
2. 著名人を装った偽動画広告
実在の経営者や専門家が投資を勧めているように見える動画が、SNS広告などで流れることがあります。映像と音声をAIで合成した、いわゆるディープフェイクです。「あの有名な人が言うなら」という信頼を悪用する手口であり、投資や副業への勧誘を入口に、送金や個人情報の提供へ誘導される流れが典型とされています。
3. フィッシング文面の高度化
以前のフィッシングメールは、不自然な日本語で見分けられることが多くありました。しかし生成AIを使えば、自然で丁寧な文章を大量に作ることができます。銀行・宅配業者・行政機関などを装ったメッセージが、文面だけでは本物と区別しにくくなっているのが現状です。
4. 精巧な偽ショッピングサイト
商品説明・レビュー・サイトデザインまで、AIの支援によって短時間で「それらしい」通販サイトを作ることが可能になっています。極端な安さで誘い、代金を支払わせて商品を送らない、あるいはカード情報を抜き取るという構造は従来と同じですが、外見からの判別は難しくなっています。
「見抜く」から「手順で守る」へ
ここまでの類型に共通するのは、「本物らしさ」で判断する方法が限界を迎えている、ということです。そこで発想を切り替えます。偽物を見抜こうとするのではなく、「本物であっても必ず踏む確認の手順」をあらかじめ決めておくのです。手順は、相手が本物でも偽物でも同じように機能します。本物の家族からの電話であれば、折り返しの確認をしても何も失われません。偽物であれば、そこで被害が止まります。だからこそ、手順は強いのです。
具体的には、次の四つを基本の型としてお勧めします。
- 【折り返し確認】お金や個人情報に関わる連絡を受けたら、かかってきた電話や届いたメッセージの中では判断せず、いったん切る。そして、自分が以前から知っている電話番号や、公式サイトに掲載されている窓口に、自分からかけ直して確認する。
- 【家族の合言葉】声だけでは本人確認にならない前提で、家族しか知らない合言葉や質問をあらかじめ決めておく。緊急を装う電話ほど、この一手間が効きます。
- 【送金前の一呼吸】「今日中に」「今すぐ」と急かされたときこそ、その場で振り込まない。一晩置く、家族や信頼できる人に一度話す、と決めておく。正当な用件であれば、一呼吸置いても壊れることはまずありません。
- 【公式アプリ・ブックマークからのアクセス】メールやSMSに記載されたリンクからログインしない。銀行や通販サイトには、必ず自分で入れた公式アプリか、事前に登録したブックマークからアクセスする習慣にする。
いずれも特別な知識は要りません。重要なのは、「怪しいと感じたらやる」のではなく、該当する場面では毎回必ずやると決めておくことです。怪しさを感じ取れるかどうかは体調や状況に左右されますが、決めた手順は左右されません。判断を個々の場面のひらめきに委ねず、仕組みに落とし込む。これが手順で守るという考え方です。
家族で決めておきたいルール
詐欺への備えは、一人で完結するものではありません。特に、離れて暮らす親世代・子世代の間では、事前の取り決めが大きな防波堤になります。次のような項目を、平時のうちに話し合っておくことをお勧めします。
- お金の話は電話だけで完結させない。金額の大小にかかわらず、送金・立て替え・カード情報に関する頼みごとは、必ず別の手段(折り返し電話・対面など)で再確認してから動く。
- 合言葉を決めておく。本人しか答えられない質問でも構いません。決めたことを家族全員が知っている状態にしておく。
- 「急がされたら相談する」を約束にする。焦らせるのは詐欺の基本動作です。急かされた時点で一度家族に連絡する、と取り決めておく。
- 相談先を書き出して貼っておく。消費者ホットライン「188」や警察相談専用電話「#9110」など、迷ったときの連絡先を電話の近くに掲示しておくと、いざというとき落ち着いて行動できます。
ルールを決める話し合いそのものが、最大の予防になります。「うちは大丈夫」ではなく「うちはこう決めている」と言える状態を目指しましょう。
これからの消費者教育に必要なこと
AIを悪用した手口は今後も形を変えていくでしょう。個々の手口を追いかける学び方では、いずれ追いつかなくなります。必要なのは、技術の進歩に左右されない「構造の理解」と「手順の習慣化」です。これはまさに、消費者教育・情報リテラシー教育の役割だと考えています。
私は、KADOKAWA『藤原進之介のゼロから始める情報I』(15万部突破)や『これからのビジネスパーソンが知っておくべき高校「情報Ⅰ」が1冊でわかる本』(日本能率協会マネジメントセンター)の著者として、また日本初の大手予備校「情報科」講師として、東進ハイスクール・東進衛星予備校・代々木ゼミナールなどへの出講実績を通じ、情報リテラシーを「誰にでも分かる言葉」で伝えることに取り組んできました。消費者庁での登壇実績もあり、自治体・企業・団体向けには、シニア層や一般の社会人の方を対象とした講座・研修の設計も行っています。
ご家族への注意喚起にとどまらず、地域や職場という単位で「手順で守る文化」を広げていくこと。それが、AI時代の詐欺被害を減らす最も現実的な道だと考えています。講座や研修をご検討の際は、下記よりお気軽にご相談ください。
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